2015年6月4日木曜日

妊娠初期の記録12 結婚式を準備する2

前説が長くなりました。。

まぁ状況としては、夫は結婚式やる気がないわけです。
私は一応神社婚したいなという夢がある訳です。
…独り相撲です。切ないね。

そして6月上旬の出産予定から、タイムリミットが決まってしまいました。
年の瀬近づく11月、
・神社の選定
・レストランの試食会の情報
・予算の設定
・出席親族への打診
・おおよその日取り

をパズルのように考えます。。
一応2人の希望としては、食事だけは美味しいところで…というのがありました。

以前は主に近さだけで明治神宮にこだわっていたのですが、
神社が事務的すぎて披露宴&衣装の連携上、
利用者にはあまり親切ではない…というのがネックでした。
私はスケジュールバタバタになるのが目に見えていたので、
なるべく親身になってくれる式場がいいなと。

*ただ明治神宮は親族の顔合わせの広間や待合が充実しているのと、
式が文句なく荘厳なのは間違いないです。
普通のカップルが半年以上かけて準備するなら問題ないでしょう。

唯一出掛けたウエディング試食会、明治神宮から近いホテル、
某セ○○○ンだったのですが、びっくりするくらい美味しくなかった…。
有料試食会で一人5000円だったので期待しすぎたかもしれません。
お土産にテーブルフラワーをいただいて、それだけで3000円くらいは
しそうだったのですが、
いや、だったら本気で5千円分の料理を出してよ…と
膝から落ちそうなくらいがっかりしましたね。
2千円のランチでも微妙な味だったな…。

あまりの美味しくなさに、その後の試食会巡りは全く実現しませんでした。。
カップル力の見せつけあいみたいな空気もきついけど、
有料でまずいって…。

金田中とかだったらおいしかったのかな…会場代がほとんどっぽいですね。。

そんな程度のウエディング経験値の私たちですが、色々絞った結果。

・2月が安い。(さすがに3ヶ月は最低準備期間がいるが3月は混んでいる)
・芝大神宮がよさげ
(待合が広い、エレベーター付きでゲストが階段を回避可能、参進の儀がある)
・神社提携のレストランウエディングにする 30名100万円程度の予算で2会場候補が
・犬okな会場で、和装は厳しい…。
・前撮りで犬と写真を撮る

という内容で固まりつつ、
2会場に絞って12月頭開催の試食会になだれ込むことになりました。

…続く。

試食会はゼクシィから予約したのですが、最終的に成約までいったので、
その後のアンケートで5000ポイントもらい、
赤すぐの通販ポイントで流用することができました…。

2015年6月3日水曜日

妊娠初期の記録11 結婚式を準備する1

2011年に入籍した私達夫婦。
震災婚ではなく、2011年の正月に今年は籍を入れよう、とお互い話し合って決めていました。

29歳になる年だったので、もうそろそろかなと。

春くらいに式場見学と親の顔合わせ、夏の私の誕生日に入籍(結婚記念日忘れられるとキツイので、…忘れても誕生日と被せてあれば気にならないかなと)、秋に挙式、新婚旅行。

そんな予定を考えて、正月には親に報告し、神社は明治神宮のパンフ貰って、セルリアンの試食会に行って、東急のウエディングサービス会員申し込んで…なんてのほほんと準備するしてましたね。

震災の日までは。


震災以降、夫のスケジュールはめちゃくちゃでした。

出版系の仕事のため、校了が信じられないくらい早まる早まる。
土日も返上で締め切りが繰り上がる。

聞いた話では、雑誌の紙が在庫払底。
作っていた唯一の気仙沼の工場が流され、昔の技術が残っている工場で代替生産に入るという、ギリギリの状況の印刷現場。

そして沼津にある印刷所は計画停電地域に入り、一度動かした輪転機は止められないため、さらなる繰り上げスケジュールでの入稿が必要に…(結局一度も計画停電はなかったものの、2011年の夏だけでなく、冬も計画停電は予定されていました)。

あの日までは木曜、金曜はだいたい休みで、連続休暇も三ヶ月くらい前以て予定日組めば作れたのですが。

2011年という年は、全く何も予定が組めずに、ただただ、電力不足でpcが使えなくなることに怯えて日々ギリギリのスケジュールを、プライベートなんて誰もがなげうって過ごしていました。

東北の方々の大変さに比べれば、家がある都民なんて大した問題ではなかったのだけれど、
皆、仕事がキャンセルになったり、普通に売っていた物は無くなり、小さな子供を抱える家庭の親は時に放射能の誤った情報に惑わされ、余震に怯え…気が狂ったような時間だったと思います。

10階のマンションだった夫の仕事場(現自宅)も壁紙がよじれ、ヒビ割れたり、倒れた家具で穴があいたりしました。
が、もっと高いマンションに住む人達は免震構造のため、家のなかがめちゃくちゃだったといいます。
天井と壁紙のあたりの継ぎ目がヨレたり、一度地震で揺れると船のようにずっと揺れ続けたり、エレベーターは停まり、ロビーで呆然とする人が沢山いて、2011年の4月は階段で登れる高さの部屋に引っ越し希望の高層マンション住民が沢山出ました…。

その辺は、結婚話と関係ないのですが、
なんで、結婚式しなかったの?と聞かれて、
「震災だったから、大変だったよね…」と
言っても、あまり大変さを思い出してくれる人がいないので…。
お祝いごとなんか、やれる雰囲気なかったじゃんね。
その年は大学の入学式とかもみんな「自粛」。
あまりに沢山の命が失われたばかりだったけど、一生に一度のお祝いであってもなんとなく大っぴらには祝えない空気がありました。
でも、結婚ラッシュのタイミングだったから、震災後の2011の春だけで2件は結婚式あったけどね…。


…とても色んなことをやれる雰囲気ではないなか、唯一予定通り叶ったのは入籍で、無事に自分の29歳の誕生日に婚姻届を出して、夫婦になりました。

そして、年が明けて2012年、夫の長期の仕事が終わった秋頃、長く入院生活が続いていた義理の父が亡くなりました。

翌年2013年秋、一周忌を終えた頃、義母に「あなた達もそろそろ、結婚式したらいいんじゃない?」と言ってもらい、すっかり諦めていた結婚式も、身内だけので良いから準備しようかな…
という気になりました。

長い長い前フリですみません。

2011〜2013は、夫は最悪に精神状態良くなかったです。
震災からの無理なスケジュールをこなして、信頼していた知人に酷い裏切りを受け、色んな泥をひっかぶり、大変な中、父を見送りました。

振り返ると、…もう二度とあの時期は過ごしたくないな、と思う、地獄のような時間でした。
でもその辛さがあるから、夫婦のつながりもあるのかな…と振り返って思います。

妊娠初期の記録10 実家・義実家への妊娠報告

11週目に入ったあたり(いわゆる三ヶ月目あたり)で、そろそろ親に報告をしようか、という話になりました。

翌月は師走。
結婚して三年目ですが、大体のところ
大晦日と1日は夫婦で過ごし(31日まで仕事してることもままあるので…)、2日に夫の実家へ、3日に私の実家だったり、お墓詣り&親戚と親で食事会だったり…なスケジュールでして。

ぼんやりとお正月は顔を出します、出しませんな連絡を入れるのが11月中旬くらい。
なので、それより前の11月頭に一発報告しときたいな、という算段でした。

皆さまのお宅はどうですか?
やはりお盆だ、連休だ、法事だ、お祝いだ…顔合わせするタイミングより前にまずは電話でというのは普通ですよね。メールじゃあまりに味気ないし。
返事の応酬になりそうですし。


そういう流れで、そろそろお互いの家に報告しましょう、ということになりまして。

まずは夫の実家からね、と。

が、夫は面倒くさいからお前説明してくれよ、みたいなことしか言いません。
そんな報告は嫁から聞きたい訳ないだろ!と思い、お義母さんに電話が繋がったタイミングで
「◯さん(夫)から、ご報告があるので」と強引に代わってみました。

どんな説明するのかな…と思って見てましたが、
「あのですね、子供ができたみたいなんですよ。よくわかんないけど!
…何週目?…よくわかんない。あまり俺はわかんないんだけど…。嫁に代わるね!」
(全体的に怒り気味にイライラ口調で)

…はい、0点ですね。
隣で私は氷点下ですよ。

電話の前に何週目とか説明したろーがよー。
母子手帳もエコー写真も見といて、なにがよくわかんないだゴルァ!

本当にどうしようも役に立たないですな。
馬鹿じゃねーのコイツ。

まぁ、お義母さんはびっくりしつつも普通にちゃんと分かって下さって、
何週目で予定日いつですとか、順調でこれから近所で産院探しますとか、私の体調のこととか、性別とかざっくりお話して、(双子じゃないのー?)って何故か良く聞かれたなぁ…沢山産まれて欲しいという希望かな…お互いの家に恐らく双子は全くいないのですが…。
そういう訳で、お正月のスケジュールは直前の調整にしたいです。

と、無事報告できました。

夫のヘタレぶりは予想通りでしたが、上手に説明できるとはハナから思ってなかったけども、あそこまで他人ごとみたいな言葉が平気で言えるとは思わなかったな…。
思い出すと今でもイラっと来ます!

詳細は分かんなくてといいから、せめて嬉しい報告だっつー表現と、予定日くらいは自分で言って欲しかったな。
それなら禍根が残らなかったろうに。

自分の実家には普通に自分で電話して、母と祖母に。
喜んでくれて、なんでも手伝うわよ!と母が一応言ってくれたのは言葉だけでも嬉しかったです。(あんまり期待してないし、むやみに張り切られても困るのですが…)
祖母も元気に喜んでる声がして、泣きそうになりました。

結婚式やるならやっちゃいなさいよ、という話と、ところでお父さんには連絡したの?という質問が。

えー恥ずかしいから母さんから言ってよ、と頼んだのですが、
母「ダメよ!アンタから電話しなさい!そして、一番先にお父さんに電話したフリしときなさい!

もう二本も電話して疲れたよ…面倒くさい…と思いつつ、仕方なしに単身赴任中の父にも報告を。

父「おぉ、そりゃおめでとう!、母さんは知ってるの?」

私「(一秒くらいの間に、ものすごい逡巡葛藤の嵐…)
あぁ、
…これからダヨー!」

父「そうか、連絡いれときな!じゃあ身体大事にな」

ガチャンツーツー

墓まで持っていく秘密が一つ生まれた瞬間でした。

まぁ、ついた方がいい嘘もあるよね。
父ちゃん一番どころか三番目ですまん…。。

わが家らしい、エピソードです。。

妊娠後期の記録 38・39週目のメモ書き的な…。

予定日真近となりました。
うっかり38週に予定を沢山入れてしまった私。。

38週1日 大掃除
38週2日 レンタルベビーベッド到着&最後の美容院通い
38週4日 検診、NST
38週5日 春風亭小朝師匠の独演会観覧
38週6日 中高の先輩(三月に三人目が生まれたばかり)のお宅にお邪魔
39週0日 地震にびっくり
39週1日 同級生とランチ(最後の晩餐的な…)

な感じで先週から今日まで過ごしてました。

日赤のエコーでも羊水は増えてたらしく(知ってたけどね!)、ほっとしたら急に39週という時間の無さに焦り始め、遮光カーテン取り付けと、ルンバのセットアップ、ガーゼハンカチの仕上げ…と猛烈に動きまくりました。

ベッドが届いた時点で、結構片付けが出来てたので、ちょっと自分の自信になりました…。

検診の待ち時間が暇で、大学時代の同級生二人(子持ち)に臨月だけどまだだよ、のメールをした所、それぞれ陣痛の話とかを聞かせてくれて、一人は就寝中の破水からだったとのこと…。

以来、寝る時と出かける時、赤ちゃん用に買った防水マットを用意しております。
まさか赤ちゃんより先に自分が使うことになるとは…!
小朝師匠の観覧中も椅子に敷いてました。

同行の夫は色々シュミレーションして気が気じゃなかったらしく、正直スマンカッタ…。と思いました。
そんな落語みたいならこと起きないよ…!

一緒にランチを食べに行った友人も、独身なのでちょっと歩く間なんかにも気を遣わせちゃって…!
元気だけど、自分の目の前で産気づかれたら怖いもんね。
家から10分くらいのお店だったんですが…スマンカッタ。

そういう意味では子供三人の先輩の前ではお互い、余計な緊張感全くなく(笑)

おしめ替えや授乳を挟みつつ、赤ちゃんの話やお互いの近況をお話できて楽しくもとても学ばせていただくお時間を過ごせました…。

39週は猛烈に片付けしたくなり、前の家で使っていたルンバをセット…してみたところ、久しぶりすぎてバッテリー切れ。
バッテリーを取り寄せ、交換して無事にお仕事をしてくれるようになりました。
ルンバがあまりに優秀すぎるのとうちの埃の多さに死にそうになりつつ、掃除に励んでいたら、あの地震(都内震度4×2)。

2発目が長いうえにグラグラ来て、流石に怖い思いをしました。
お腹大きいと、急に逃げられないですね。
夫がいてくれて、犬を守ってくれたので良かったです。3.11以来、緊急地震速報の音が犬のトラウマで…、地震も怖がるようになってしまいました。そばにいてあげないと。

幸い家の中がちょっと片付いてたので、物が落ちることもなくて良かったです。

パニクる人間を尻目に地震の中でもルンバは堅実に掃除を続けていて、流石地雷原からやって来ただけある…とそのプロ根性に改めて惚れ直しました。
掃除後のメンテをより丁寧に仕上げてあげるくらいしかできないけど…。

ルンバに負けじと掃除していた私ですが、なんだか疲れてしまい、今日はグダグダ。
寝つき悪くて睡眠不足、お腹も張るし、食欲もなくて、恐らく前駆陣痛で足の付け根が痛くて、家から出たくない気分。
拭き掃除と洗い物なんかの室内作業は良いのですが、買い物と食事の支度はどうにも気分が乗らなくて(する元気が出なくて)、初めて夫に頼みました…。

食べたい物も豆腐とかプリンとか、フルーツとか…、なんか調子悪い。

粗食な1日を過ごしたのに、体重計のったら増えてました。
理不尽だよ臨月のワガママバディ…。


2015年5月26日火曜日

妊娠初期の記録9 飛行機で九州まで

飛行機で九州で行われる友人の結婚式に行く予定がありました。
10週目のことです。

妊娠前から予約していたこともあり、色々調べてみましたが、大丈夫ではないかとマタニティで飛行機に。

夫は子供産まれる前の最後の一人旅だから、行ってきな、無理しないでねと送り出してくれました。

9か月あたりでは自転車も禁止で、一人で夜歩かせてもくれないので、この時は心広かったなぁ、笑
自分の仕事が忙しかったからかな。

北九州まで、ANAの株主優待券と早割で行ってきました。

悪阻の時期だったので、新幹線で座り続ける方が辛かったと思います。
飛行機のGは胎児には良くないのですが、一時間程でフライト終了の方が断然楽でしたね。

一泊二日の旅は
初日、9時の羽田発飛行機で北九州空港へ、午後から結婚式に参列。
今は長崎に住む大学時代の同級生(2人のママ)も参列していて、久しぶりの再会。
と、夫以外に初の妊娠報告。

やったジャーン!!
と大変喜びつつ、アレコレ身体を心配してくれました。

流石ママ歴では先輩…平らで脱ぎやすい靴履きなよ!…とか色々。

まだ自分の親にも言ってなかったんで、「どうやって報告した?」
と聞いてみました。

病院行ったあとに、速攻家に電話して、「病院に行ってきたんですけど、何でだと思います?(博多華丸風味の濃さで)」みたいな感じだったと…。

…なるほど、そうか。
(私はあまり頻繁に実家に電話しないので…半年に一回くらい?…電話すること自体のハードルが高いということが判明しつつ、さらっと報告すれば良いのかと、勉強になりました)

安定期に入る迄は、家族以外には言わない方が良いかなと思い、とりあえず初期段階で報告する友人は直接会う人だけにすることにしました。

(誰にどのタイミングで報告するかも難しいですよね…)

結婚式はお酒が飲めず残念でしたが、美しい花嫁さんに癒され、立派な花婿さんになって九州で頑張る大学の同級生に関心し、久しぶりに仲良しの友人に会い、とても楽しいひと時でした。


翌日は門司と下関を散策し、北九州空港から帰路に着きました。

振り返るとマタニティ初期の良い思い出です。
でも特にレギュラーの仕事もしてなくて、結婚式メインの日程だったのと季節も11月1週目でそれほど冬本番でない時期だったからかな…と思います。

ただ、妊婦さんはあまり飛行機乗らない方がいいのだな、という話を
最近になってよく聞くようになりました…。
例えばCAさんは妊娠判明と同時に、搭乗業務をしてはいけない、と決まっているそうです。
(ハロー赤ちゃんで、産婦人科の先生が講義されてました)

立ち仕事のサービス業務を飛行高度でするのと、一般の搭乗客は事情が違うとは思いますが、胎児にも飛行中Gがかかるところは、ご自身の体調を良く判断して…というところですね。

妊娠後期の記録 37週検診と診療所出戻り

日赤で37週検診に行って来ました。

GWと助産師さんの検診の関係で、ほぼ1か月空いた久しぶりのエコー。

が、ここまで順調だった検診で初めて不安な事を言われてしまいました。

「羊水少ないかもしれないですね、来週は助産師検診でなく、NSTとエコーにしましょう」

水中出産の同意書貰うぞ、とわくわくだった私ですが、思わぬ雲行きにがっかり。推定体重2500g越えてたのだけは嬉しかったですが…。


自宅に帰って、臨月の羊水過少について調べると不穏なことばかり書いてある…。。

結局エコーも良く分からなかったし、「これがお顔ですね」
と言われたうちのお嬢さんのエコー写真も何だか苦悶の表情に見える…。

日赤の先生曰く、臨月は羊水は自然に減るものですし、母体が水を飲んだから増える訳でもないですから…と。。

とはいえ、一部では臍帯を通じて水分が増えるから水を摂るのは有効、というネットの意見もあり、毎日1.5リットルの勢いで麦茶をとること3日。

どうしても翌週までそのまま過ごすのは不安だったので、セミオープンで通っていた診療所の診察予約をとり、行って参りました。

「どうしましたか?」と先生。
マタニティヨガと急病以外でわざわざ出戻る正産期妊婦なんてあんまりいないんだろうな…と思いつつ、
「日赤で羊水が少ないと言われたのですが、少なすぎるかどうかエコー撮って下さい」
とお願いすると応じてくれました。

診療所の最新機械はよく見えましたね!

先生「特に減りすぎってことはないよ…ここと、ここと、ここにもあるから10センチ以上あるので、十分ありますよ、胎動あるよね?大丈夫ですよ」
とのこと!


めちゃくちゃほっとしました。

赤ちゃんの顔見られますか?
とリクエストしてみましたが、
「今横向いてるねー」と、しかもちょうど腕で顔をガードしてました。

この時期は顔見るの難しいんだよ、と仰って納得。
でも写ってた腕のシルエットが赤ちゃんらしいムチムチ腕で、栄養ちゃんとついてるんだなー!
と大感激しました。
今までのエコーではずっと細いシルエットだったから…いい腕だった…。

今回の診察代金は1900円ほどで、安心するのには安い出費なものでした。

胎動をずっと気にしてないといけなくて、ストレスでよく眠れなかったので、心配ないって言っていただけて本当に良かったですよ…。


2015年5月18日月曜日

妊娠後期の記録 おくるみ自作

手芸才能0の私ですが、久々ミシンを引っ張り出し、
おくるみの自作に挑戦いたしました。

だって張り切ってガーゼを10セットも通販しちゃったんだもの…
部屋の片隅に積み上げられた布の山が、毎日私に冷たい視線を送ってくるの
(被害妄想)。

肌着におくるみ、ガーゼタオルを量産する予定が、唯一作ったのは
肌着1着とハンカチ1枚のみ…。
シングルガーゼを買っちゃったので、スナップボタン付けがうまくできず、
心折れてしまいました。

が、病院指定の入院セットを準備してたら、ありましたよ
・ガーゼタオル数枚(なるべく沢山)

作らなきゃ…。
おくるみも作らなきゃ。

ということで勢い一晩で仕上げたおくるみがこれだ!


一応定規当てて作ったのに、なぜか仕上がりサイズの半分になってしまいました(笑)
なんでー??。
イメージはうちの犬なんですが・・・。すまん犬。怒らないでくれ。
あと、頭の部分が尖りすぎて土星人みたいなので、納得いかない!

湯上りタオルとしてでも使おうと思います。

へたっぴな母ちゃんでごめんよ・・・。